11月 03, 2009

坂本敏夫「元刑務官が明かす 死刑はいかに執行されるか」

なんともまとまりのない本。

この著者はいったい死刑に賛成なのか反対なのかよく分からない。
事実、意見が定まっていないことは「あとがき」を読んでみても分かる。「難しい問題であり、平易な記述では表現しきれなかったので・・・(途中略)小説タッチの記述と劇画を入れるという異例のノンフィクション系単行本を作らせてもらった」と書いてある。
ただ、この小説からして文脈が不明確で、どの台詞、行動、登場人物の結びつきが不明確な部分が多く、非常に分かり難い(この点に関しては著者の文章力が未熟なのせいもあるのかもしれない)。

この小説も含め、反省の色が見られない死刑囚について非難の言葉を浴びせたかと思うと、刑務官の苦労や改心した囚人の話を取り上げ、死刑の無意味さを指摘してみたりもしている。最後まで両方の立場が交互に現れ、結局著者本人がどういう立場を取っているのか明確にならない。

本にして出す以上、仮に自分の立場を決めかねているなら、なぜ決めかねているのか、死刑制度を考えるに当たって何が問題なのかをきちんと論じるぐらいのことはするべきだ。

こんな大事な問題に、中途半端な本を出さないで欲しい。
こういういい加減な仕事には腹が立つ。

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11月 01, 2009

川上未映子「ヘヴン」

 川上未映子の小説は「わたくし率イン歯ー、または世界」を読んでずいぶん面食らったが、この作品はかなり普通。とはいえ、相変わらず流れるような文体が心地よく、まるで音楽のように頭に流れ込む。

 読み進めながら、小説の面白さとは裏腹に、まだ若い彼女がこういう文章を書いていて、いい年した自分に書けないのが悲しくなってきた。翻訳オーディションの最終候補に残っても、落選理由はいつも「文章がこなれていない」だ。最近はどうしていいか分からなくなってきて、腹が立つやら切ないやら・・・。成果がでないまま時間ばかりが過ぎて行き、焦りが募る一方。

 本作品は「いじめ」を題材にしており、作者もこの問題にはかなり心を痛めていると推察される。
 いじめに加担している生徒の側から語られる「いじめの論理」が圧巻。作者はさすが文学者らしく、「いじめ」を単なる社会的問題にとどめず、もっと深いところから考察を加えている。

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10月 31, 2009

「いま20台女性はなぜ40代男性に惹かれるのか

 スケベ心と、若干の期待心を持ちつつ読んでみた。

 自分のことを振り返ってみると、どうやら「現代の20代の物足りなさ」と、「若さの失われた外見」を兼ね備え、「年齢と共に充実すべき人生経験」を欠いているという、20代の女性に魅力を感じてもらうための40代男性像とは正反対を行っているように思える・・・。

 以前に東野圭吾の「夜明けの街で」を読んだ時にも思ったのだが、恋愛とか結婚って、実際のところどういう意味があるのだろうね。

 熱烈な恋愛を経て結婚したはずの夫婦はやがて相手のことを空気のような存在にしか感じないようになり、性生活にさえ身が入らなくなる。それが人間としての性欲の終わりを意味しているのかと言えばそんなことはなく、(多くの場合、男性が)若くて魅力的な異性を見つけるとたちまち忘れかけていたエネルギーがよみがえり、「不倫」という関係が生まれたりする。不倫にいたらないまでも、奥さんに対してはとっくに忘れていたとばかり思っていた感情が自分の中に生じたことに気づき、とまどいを感じたりする。

 だけど、そこで前の奥さんと離婚して若い彼女と結婚したとしても、いずれ同じことを繰り返すのだろう。少なくとも、繰り返さないという保証はないわけだよね。

 だったら、そもそも人を好きになるということの(社会的常識としての)終着点が結婚であるという社会構造そのものに問題があるのではないのか?

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10月 29, 2009

「世界に一つだけの花」

 大ヒットしたSMAPのこの歌。

 正直に言おう。俺はこの歌が前から嫌いだ。もっと正確に言えば、こんな歌に感動している日本の聴衆が嫌いだ。それから、こんな歌を得意顔で世の中に送り出した連中も嫌いだ(SMAPは好感を持てるタレントなので、悪いのは作詞家や製作・販売会社だと思いたい)。

 何で急にこんなことを言い出したかと言うと、今読んでいる本の中でもこの歌が引用されていて、「競争で一番になるよりも、それぞれが持つ個性が大事だという一つの主張がこめられている」などというアホみたいな一節を発見してしまったから。

 こんな陳腐なことを、敢えて歌にしてもらうまでみんな自覚していなかったのかと言いたい(だいたいこの歌の歌詞とそっくり同じ言葉が新訳聖書にも書かれている)。

 こんな歌詞に書かれていること、百も承知なのだ。別に一番になろうなどと思っていない。そもそもスポーツのように「一番」が誰をさすかが明確であるような単純な世界では生きていない。自分の居場所を見つけること、まさにそれ自体が大変なのだ。

 それをわざわざ歌にしてまで聞かされると、「うるせえな!分かったような顔してえらそうに説教じみたこと言ってんじゃねえ!」と言いたくなる。

 大体この歌を聴いて喜んでる連中は、「頑張って『ナンバー・ワン』にならなくても、『オンリー・ワン』を目指せばいいんだ!」と思ってほっとしてないか?
 「オンリー・ワン」になることは「ナンバー・ワン」になるのと同じぐらい、あるいはそれ以上に大変なことだ。

 これって圧倒的な少数意見なのだろうか?だとしたら日本人の知的レベルは大丈夫かという気になる。それとも皆俺が想像しているよりはるかにのんびりと生きているということか。

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「OTACOOL WORLDWIDE OTAKU ROOMS」

他人の生活している様子を撮影した写真集は好きで良く買う。古くは「Tokyo Life Style」、「魔窟ちゃん訪問」、「賃貸宇宙」、「東京貧乏宇宙」、「東京外国人」等々・・・。

この「OTACOOL WORLDWIDE OTAKU ROOMS」は、世界中の「オタク」と呼ばれる人たちの部屋を撮影したもの。(こう言っては失礼だが)いわゆる日本の「オタク」のイメージとは違い、どの部屋もお洒落で明るい。コレクションもきれいに陳列されており、ちょっとした展示室のよう。こういう部屋が家に一部屋欲しい。

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10月 28, 2009

Recognition

 昨日プラチナカードのインビテーションを受けて、自分が今一番求めているものかがなんだったのかが分かったような気がする。

 それは「Recognition(認証)」だ。愛情でも恋愛でもない。

 昨年、それから3年前に出場したビジネスカンファレンスでは、出場者に対する質問にこういうものがあった。「この大会での『Recognition』は、あなたに取ってどのような意味を持つか?」
 日本語で言えば、「この大会での『受賞』はあなたにとってどのような意味を持つか?」と聞くところだろうが、英語では「award」なんていう単語よりも、この「recognition」という単語が遥かに頻繁に出てきた(このことに気づいて以来、俺も英文を書くときには真似して使うようにしている)。さすが英語は論理的な言語だと思う。本質をついている。

 要は「受賞する」なんていうのは表面的な飾りに過ぎないのであり、大事なのは他者から「認証」されることなのである。

 イチローがあの大観衆の前で記録を伸ばし続けるのは、大変なプレッシャーを伴う作業だと思う。
 だが、それでは仮にスタジアムが空っぽだったら、それでも彼は記録を伸ばし続けられるだろうか?新記録を出しても、マスコミが一切興味を示さなかったら?恐らく答えはノーだ。

 俺もなんだかんだ言って、それなりに毎日頑張っているつもりだ。
 だけど、それ(生き方)を肯定してくれる人間が誰もいないということが一番物足りなかったのだ。評価されるのは結果だけ。下手をすれば、結果を出すこと自体が妬みを受ける種にもなりかねない。
 本当に偉大な人間なら、信念があれば周囲のことなんてどうでもいいと言うのだろう。だが、残念ながら俺は凡人だ。

 親でさえ、俺の収入が伸びている時は喜んでも、この不景気で収入が減ったとたん、転職したことを否定するようなことを言い出す。

 俺が一番気になるのは、自分の生き方が本当に合っているのかどうかということだ。収入の増減が気になるのは、単に一つのバロメーターとして見ているに過ぎない。

 その意味で、プラチナカードのインビテーションが届いたことはある意味、第三者から「Recognition」を受けられたということでもあるのだ。だから、たとえ会費の負担が増大しても、素直に嬉しい。このカードを持っていれば確かに特典は受けられるが、あくまでも利用の対価として提供されるに過ぎない。別に現金がもらえるわけではない。だが、自分の努力が小さな実になったという気はする。

 翻訳のオーディションに必死になっているのも、要はこの「recognition」を得たいためなのだ。

 だけど、これが分かったからと言って何の解決にならないことも事実。
 recognitionを得られない(今後もその可能性は大いにある)からと言って、一生落ち込んで暮らす訳にもいかない。それなら自分の気持ちとどう折り合いをつけていくのか?それが今後の課題。

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プラチナカード

昨日カード会社からなにやら黒い封筒が届いた。

また保険加入の案内かと思って、何気なく中を見ると、プラチナカードへの切り替えの案内だった。

プラチナカードと言えば、本人の希望では入手することができず、カード利用で実績を積むことによって案内が来ると聞いている。その意味で一種あこがれのカードだった。
ただ、この案内が来るっていうことはカードを使い過ぎているわけで、必ずしも余りいいことではないんだけど。俺の場合は光熱費や新聞代、NHKやWOWOWの受信料等、カードで払えるものはすべてカード払いにしているので、金額にすると平均的な人よりは使っていると思う。

ついに俺にも来たかと感激したが、年会費は初年度こそ半額になるものの、翌年からは5万・・・。これってちょっときついんでないの?でも、断ってしまうと次に切り替えのチャンスが来るかどうかもよく分からない。

ここで、今日が俺の誕生日だったことを思い出した。
自分へのプレゼントとしてはiMacを注文してあるが、やはり当日のイベントも欲しい。ToDoリスト(欲しいけれど即決で変えないものはすべてiPhoneのToDoリストに入れるようにしている)を眺めてみたが、今日買いたいもの、あるいは買えるものも特に見当たらない。

年50,000円、正確には消費税も入れて52,500円ということは、1月当たり4,300円ちょっとである。新聞を1紙余計に取るぐらいの金額だ。それに、これまで自分が頑張った証だと思えばいいか、と考えた。

そして、今朝出勤前に申込書を投函した。
ちなみにカードデザインは「ブラック」とシルバーのグラデーションのどちらかを選べるとのことだったが、「ブラック」ではブラックカードが手に入らないのに背伸びしているような感じで格好良くないなと感じたので、グラデーションを選択した。
※ウィキペディアで調べたところ、ブラックカードの入手条件は、年間利用額1,000万円以上、資産額1億円以上とも言われているそうな・・・。

これで、俺も晴れてプラチナカードホルダーになれる・・・はず(この後の審査で落ちる場合もあると書いてあった)。

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10月 27, 2009

「ジバク」

 あの「嫌われ松子の一生」の山田宗樹による「ジバク」。敗北感でひびの入った心の隙間に流し込むように、400ページを一気に読み切った。

 外資系金融会社で年収2000万を稼いでいたエリートファンドマネージャーがひたすら転落していく物語。その不運振りが余りに劇的で、下手すればギャグになってしまいそうなぐらいなのだが、落ち込んでいる身には何か自分の姿と重ね合わせてしまう。

 主人公の転落の大きな原因となるのが「女」。
 だけど、女性にいたぶられる男性の姿というのは、なんか自虐的な快感を感じてしまうな・・・。東野圭吾の表現を借りれば、「虫歯の痛いところを敢えて舌で押してみるような感触」と言うのだろうか(断っておくが、「ジバク」には一切SM描写は出てこない)。

 最近、「幸福な人生」、「不幸な人生」、そんなものは存在しないのだろうと思えてきた。あるのは人間一人ひとり、全く同じものがない無数の人生パターンのみ。

 俺に家族、あるいは恋人がいたら今日はどんな日になっていたか?
 可愛い彼女、あるいは奥さんが優しくなぐさめてくれる?それとも鬼嫁に「そんなことやっている暇があったら風呂掃除でもして!」と怒鳴りつけられるか?あるいは子供がうるさくて落ち込んでいる暇なんてない?もしかしたら「お受験」のストレスで自分以上に精神的に弱っている奥さんのケアで必死・・・?

 こんなことを考えても仕方ないのだ。歴史に「もし」はないのだから。

 いずれにしろ、きれいさっぱりあきらめる以外の選択肢は、また1からやり直すことだけだ。
 こんなちっぽけな敗北感でも味わっていると、少しは浅田真央の気持ちが想像できたりもする。

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予測はしてたけど

翻訳オーディションまただめ。

今回は自分でもあまり出来は良くなかったと思っていたし、返事が遅いので覚悟はしていたが、やはりがっくり来た。翻訳会社からのメールに返信する気にもならない。所詮才能がないのか。

どうにも寂しい気分だ・・・。
この1、2年、自分が求めるものが何も手に入らないという状況が続いている(当然、金で手に入るもののことを言っている訳ではない)。

今日は休みだったが、連絡を受けた時はちょうど外にいたので、半ばヤケでそのまま本屋に入り、翻訳の技法書3冊買い込んだ。

誤解を恐れずに言えば、翻訳のオーディションに応募するという行為は、俺に取ってSEXをしているようなものなのだ。

ただし、快楽を求めているのではない。俺が生きた証しとして子孫ならぬ「本」を残すための、生殖行為なのである。

ここまで書いて、オーディションに落ちると失恋したみたいな気持ちになるのはこのせいだったのかと気づいた。

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10月 24, 2009

「スラムドッグ$ミリオネア」は王道的大作(注意!ネタばれ)

 「スラムドッグ$ミリオネア」を見た。

 インドを舞台にし、キャストも全員インド人ということで、社会派の作品化と思ったが、ストーリーはまさにハリウッドの王道を行く展開だった。

 嵐のような人生の中で、たった一つのことだけを見つめて生きる主人公。そんな主人公の苦労はやがて報われ、悪い奴は滅び、最後にはハッピーエンドが訪れる。インドの社会状況もアドベンチャーの背景に変わる。エンタテインメントとしてよくできた作品だと思う。

 だけど、見終わって自分の現在を思い出すと空しくなる・・・。この主人公ぐらい若かったらまだまだ人生どうにでもなるよね・・・。報われるのが早すぎ。だけど、主人公をもっと年配に設定してしまうと今度は絵的に美しくなくなる。従って苦労をした言ってもいくらでもやり直しも効くと思われる若い二人を主役に据えざるを得ない。魔物にとらわれた美しい王女様を救うハンサムな王子。二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。このあたりもハリウッド的。

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